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第8章

外の世界が入り込んできたとき

「人生のひとつの章が終わろうとしていることに、その最後の数ページを生きている最中には気づかないことがある。

ただ車に乗り、窓の外を眺めながら、ずっとそこにあると思っていた暮らしを後ろに残していく。

それが“さよなら”だったことに気づかないまま。」

僕たちの「家」が、ある日突然、別の場所になってしまったわけではない。

少なくとも、僕の記憶ではそうじゃない。

少しずつだった。

子ども時代のほとんどを過ごした山の中の小さなキャビンは、僕たちにとって、それだけでひとつの世界だった。

電気もなければ、水道もなかった。

薪ストーブで暖を取り、灯油ランタンの明かりで夜を過ごし、水は自分たちで運んだ。

トイレは外の小屋。

それでも男の子が三人もいれば、外で遊ぶ方法なんて千通りくらい見つけられた。

やがて、家に発電機がやってきた。

あの頃の僕たちには、それがすごい進歩に思えた。

スイッチを入れれば、本物の電灯がつく。

そのうちテレビがやってきた。

そして、ビデオデッキも。

それと一緒に、それまで遠くにあった外の世界が、少しずつ僕たちの小さなキャビンの中へ入り始めた。

明かりが灯った頃

映画を見ることは、僕たちにとって一大イベントになった。

大人たちが見たいものを一緒に見ることもあれば、ロバートとデイビッドと僕の三人で選ばせてもらえることもあった。

もっとも、一台のテレビの前に男の子三人を座らせて、

「さあ、三人で同じ映画を選びなさい」

なんて言うこと自体、大人たちにとってはちょっとした娯楽だったのかもしれない。

当然、いつも意見が合ったわけじゃない。

今振り返れば、まだ幼かった僕たちが見るべきではなかったものも、ずいぶん見ていたと思う。

それでも両親は、何が正しくて何が間違っているのかを教えてくれた。

していいこと。

してはいけないこと。

ちゃんと教えてくれていた。

でも、子どもは周りのものを吸収する。

見たものを真似する。

試してみる。

口喧嘩も増えた。

殴り合うこともあった。

それが見ていた映画の影響だったのかもしれない。

あるいは単純に、三人の男の子が少しずつ大きくなっていただけなのかもしれない。

家族に起きたことを、テレビのせいにするつもりはない。

ただ今振り返ると、あのテレビは僕の記憶の中で、ひとつの時代の境目になっている。

キャビンの中には、少しずつ明かりが灯り始めていた。

でも同時に、別の何かは少しずつ暗くなっていった。

「普通」になっていったもの

酒は、昔から僕たちの周りにあった。

バーもそうだった。

子どもの頃というのは、自分の周りで起きていることが「普通なのか」なんて、いちいち立ち止まって考えたりしない。

ただ、それが自分の暮らしだから。

時には大人たちと一緒にバーへ行くこともあった。

子どもだった僕たちに、小さな缶のオレンジジュースをくれたことを覚えている。

ちょっとしたお菓子をもらうこともあった。

人間の記憶って、不思議なものだ。

そんな小さなことだけは、なぜか残っている。

別の日には、僕たちはトラックの中で待っていた。

人目につきにくい裏手に車を停めて、大人たちが戻ってくるのを待つ。

そのうち、そのまま眠ってしまうこともあった。

もちろん、ベビーシッターを頼んでくれることもあった。

大人たちが出かけるたびに、三人の男の子がトラックで眠っていたわけじゃない。

でも、そんな夜も確かにあった。

そして僕たちにとっては、それがただの日常だった。

酒の量は増えていった。

ドラッグは、もっと深刻なものになっていった。

使うことも。

売ることも。

いつしか、僕たちを取り巻く世界の一部になっていた。

ずっと後になってから、児童保護サービスに僕たち家族について何度か通報が入っていたことを知った。

僕たちの小さな世界の外にいた人たちには、僕たち自身には見えていなかった何かが見え始めていたのだと思う。

今振り返って、ネグレクトと呼べるようなことはあったのか。

……ああ、たぶんあったと思う。

今なら、それを認めることができる。

でも、それは「僕たちが愛されていなかった」という意味ではない。

母もロニーも僕たちのことを大切にしていなかった、なんて思って育ったことは一度もない。

食べるものは用意してくれた。

服も着せてくれた。

人生についていろいろなことを教えてくれた。

彼らなりのやり方で、僕たちを育ててくれた。

ただ、彼ら自身もまた、自分たちの問題と闘っていた。

そしていつしか、その闘いが僕たち子どもの世界にまでこぼれ落ちるようになった。

二階で

夜になると、ロバートとデイビッドと僕の三人で、二階の寝袋に入っていたことがある。

その日の昼間には、どうしようもなくくだらないことで喧嘩していたかもしれない。

兄弟なんて、そんなものだ。

でも夜になると、少し違った。

車が私道を上ってくる音が聞こえる。

姿が見えるより先に、音で分かった。

エンジンを吹かす音。

土と砂利の上をタイヤが滑る音。

強く踏まれるブレーキ。

開いたり閉まったりする車のドア。

そして、声。

母の怒鳴り声。

ほかの大人たちの怒鳴り声。

もっと荒れる夜もあった。

銃声が聞こえる夜もあった。

ロニーは、いわば「アウトロー」だった。

彼を説明するなら、それが一番簡単なのかもしれない。

子どもの頃の僕は、そんな彼の一面に憧れてもいた。

タフだった。

山を知り尽くしていた。

狩りを教えてくれた。

銃の扱いを教えてくれた。

働くことを教えてくれた。

生き抜くことを教えてくれた。

でも、酒とドラッグは、同じ男の別の顔を引き出すことがあった。

「アウトロー」が、冒険心のある格好いい存在ではなくなっていった。

何をするか分からない人になる。

そして時には、危険な人にもなった。

昼間には一本の映画すら三人で決められなかった兄弟が、夜になると二階で身を寄せ合いながら、下で何が起きているのかをじっと聞いていた。

あの頃の僕が寝袋の中で、

「僕たちの家族は壊れかけている」

なんて考えていた記憶はない。

僕はただの子どもだった。

たぶん、僕たち三人とも、そんなふうには理解していなかった。

ただ静かになるのを待っていた。

母は見ていた

僕には分かっていなかったけれど、母には、この先に何が待っているのかが見え始めていた。

母は、それまでの人生ですでに十分なものを経験していた。

だから、ある道がどこへ続いているのか、最後まで行かなくても分かるようになっていたのだと思う。

酒。

ドラッグ。

喧嘩。

児童保護サービスへの通報。

家族が、母の望んでいないものへ少しずつ変わっていく。

母は、僕たちに大げさな計画を発表したりはしなかった。

家族全員を座らせて、

「いつかここを出て行くからね」

なんて話したこともなかった。

その代わり、母は静かに準備を始めていた。

できるだけお金を貯めた。

そして、ほかに住める場所を探し始めた。

僕は、そんなことを何も知らなかった。

僕にとって、キャビンはまだ「家」だった。

二度のクリスマス

山で過ごすクリスマスは、いつだって特別だった。

駐車場に並べられたツリーを買いに行くような家ではなかった。

ロニーが僕たち三人を山へ連れて行ってくれた。

そして、自分たちで木を探した。

これだと思う一本を選ぶ。

切り倒す。

雪の中を引きずって家まで持ち帰る。

キャビンの中に立てて、みんなで飾りつける。

それが、僕たちのクリスマスだった。

ある年、どうやらうちの大きな雌豚も、一緒にクリスマスを祝いたくなったらしい。

どういうわけか柵から抜け出した。

そして、どういうわけかキャビンの中にまで入ってきた。

彼女がやりたい放題やったあとには、ツリーも、プレゼントも、その周りにあったものも、ほとんど全部めちゃくちゃになっていた。

クリスマスは台無しだった。

まあ少なくとも、後々まで語れる話はひとつ増えた。

でも、その次のクリスマスが、僕たちの誰も忘れられないクリスマスになるなんて、その時は知るはずもなかった。

「だって、私は出て行くから」

クリスマスの日だった。

ロバートとデイビッドが喧嘩を始めた。

兄弟なら、特別珍しいことでもない。

でもロニーは母を見て、

「もうクリスマスは台無しだな」

そんなようなことを言った。

その言葉は、僕が理解していた以上に、母にとって重い意味を持っていた。

母自身、子どもの頃に父親のせいで祝日を台無しにされた記憶を抱えていたからだ。

そして、それまで家族の中で起きていたすべてのことが積み重なったあとだった。

その一言が、最後のひと押しになったのだと思う。

母はロニーを見て言った。

「そうね。だって、私は出て行くから。」

その瞬間、すべてが変わった。

言い争いはさらに激しくなった。

母はデイビッドと僕に、トラックに乗るように言った。

僕には、子ども時代を荷造りした記憶なんてない。

何を持っていくのか、ひとつひとつ選んだ記憶もない。

キャビンの中を歩き回りながら、さよならを言った記憶もない。

母が、

「トラックに乗って」

と言った。

だから乗った。

そして僕たちは、そこを出た。

後ろの窓

ロニーは僕たちを追いかけてきた。

彼はいつも腰に拳銃を下げていた。

母が車を走らせると、ロニーは後ろから追いかけながら、その拳銃を空に向けて何発も撃った。

僕たちを狙って撃っていたわけではない。

今の僕にとって、それはきちんと伝えておきたい大切なことだ。

でも子どもだった僕が、走るトラックの中でそんな違いを冷静に考える余裕なんてなかった。

後ろから銃声が聞こえる。

母は車を走らせている。

ロニーは僕たちを追いかけている。

そして突然――

後ろの窓が砕け散った。

ガラスが辺り一面に飛び散った。

最初は何が起きたのか分からなかった。

車を撃たれたのか?

誰かに弾が当たったのか?

デイビッドは泣いていた。

母は、みんな大丈夫かと聞いていた。

僕は弟の体に血がついていないか確かめたことを覚えている。

怪我をしていないか。

大丈夫なのか。

そして、できるだけ弟を落ち着かせようとした。

あとになって、何が起きたのか分かった。

ロニーは空に向けて撃ち続け、どうやら弾を撃ち尽くしたらしい。

そしてトラックを追いかけながら、最後に拳銃そのものを投げた。

後ろの窓を突き破ったのは、弾丸ではなかった。

拳銃そのものだった。

それでガラスが砕けた。

誰も撃たれてはいなかった。

だから僕たちは、そのまま走り続けた。

そして、僕たちの後ろのどこかで、あの小さなキャビンは見えなくなっていった。

あれが「さよなら」だとは知らなかった

終わりというものには、不思議なところがある。

それが終わりだと知らないまま、終わってしまうことがある。

薪ストーブのそばで過ごす「最後の夜」はなかった。

外のトイレまで歩く「最後の一回」もなかった。

兄弟と外で遊ぶ「最後の午後」もなかった。

子ども時代の大部分を過ごしたキャビンの入り口に立って、最後にもう一度、中を見渡すこともなかった。

僕は、ただそこを出た。

土を掘って、ミニカーのための道を作ったキャビン。

狩りをして、探検した山。

畑。

動物たち。

ランタン。

雪。

クリスマスツリー。

二階の寝袋に入っていた三人の男の子。

ただ、それだけで――

家だった。

もう、それは僕たちの後ろにあった。

ロバートも後ろに残った。

父さんも。

母とデイビッドと僕は、別の場所へ向かっていた。

その時の僕には、これから人生がどれほど変わっていくのか、まだ分かっていなかった。

僕たちを待っていた家

そして、僕にはもうひとつ知らなかったことがあった。

あのクリスマスよりずっと前、1981年頃。

母は友人と一緒にノガルを車で通りかかった時、一軒の小さな家に目を留めたことがあった。

そこには、アート作品を作りながら暮らしている夫婦がいた。

その家の何かが、母の心に残った。

母はその家を眺めながら、

「いつか私も、こんなところに住んで、絵を描いたり作品を作ったりしながら暮らしたい。」

そう思ったという。

その後、人生は母を別の方向へ連れていった。

年月が流れた。

やがてロニーと出会った。

三人の男の子がいた。

あのキャビンがあった。

そして、そこで起きたすべてのことがあった。

家の状況が悪くなり、いつか出て行かなければならないかもしれないと母が静かに準備を始めていた頃、新聞に一軒の貸家の広告を見つけた。

ノガルの家。

家賃は月150ドル。

母は電話をかけた。

すると、貸主の女性からこんなことを言われた。

「決める前に、一度見に来たほうがいいですよ。」

安いのには、それなりの理由があった。

母はその家を見に行った。

そして着いた瞬間、気づいた。

あの家だった。

何年も前、車で通りかかった時に見た、あの小さな家。

アーティストの夫婦が暮らしていた家。

母が一度、

「いつか……」

と思った、あの家だった。

あの時の母には、その家がいつかどんな意味を持つことになるのか、知るはずもなかった。

もちろん僕にも分からなかった。

でも、それからおよそ十年。

ひとつの「家」が、母にとってもう出て行かなければならない場所になった時――

あの小さな家が、僕たちを待っていた。

今だから感謝できること

長い間、この話の中の何に感謝すればいいのか、僕には分からなかったと思う。

ドラッグに感謝しているわけじゃない。

酒に感謝しているわけでもない。

喧嘩にも、恐怖にも、銃声にも、砕けたガラスにも感謝なんてしていない。

家族がバラバラになったことにも、もちろん感謝していない。

でも、この「感謝の手紙」を書く旅は、僕の人生に起きたことすべてを「良いことだった」と言い換えるためのものじゃない。

良くなかった出来事の中からでも、今の自分に残っている大切なものを見つけるためのものだ。

今の僕は、母が「もう十分だ」と気づいてくれたことに感謝している。

三人の兄弟がどれだけ激しく喧嘩をしても、本当に怖い時には、やっぱり僕たちは兄弟だったことにも感謝している。

そして、怖がっていたあの小さな男の子の中に、泣いている弟を見て、まず血が出ていないか確かめようとする何かが、すでにあったことにも感謝している。

ロニーについても、今は複雑な真実そのものに感謝している。

誰かを愛するということは、その人の最悪だった瞬間を書き換えることではない。

彼が教えてくれたことで、今でも僕の中に残っているものがある。

同時に彼は、僕が決して繰り返したくないことも見せてくれた。

その両方が、今の僕を形作った。

そして何より、あのノガルの小さな家が今の僕にとって意味するものに、感謝している。

去ることは、必ずしも諦めることじゃない。

時には、そこを離れることこそが、前へ進むためにできる一番勇気のいる選択なのだと思う。

母の前に、完璧な計画が用意されていたわけではなかった。

母にあったのは、後ろの窓が割れたトラックに乗った二人の息子。

どうにか貯めたわずかなお金。

そして、月150ドルの、かなり傷んだ小さな家。

それでも母には、僕たちを連れて行ける場所があった。

何年も前、母はその家を見て、

「いつか……」

と思った。

その「いつか」が、こんな形でやってくるなんて、母には想像できなかっただろう。

僕たちにも分からなかった。

あのクリスマスの日、僕に分かっていたのはただひとつ。

僕たちの小さなキャビンが、少しずつ遠くなっていくということだけだった。

自分の子ども時代のひとつの章を、あの場所に置いてきたことにも気づいていなかった。

そしてもちろん――

その先の道で、もう次の章が僕たちを待っていることなんて、知るはずもなかった。

つづく……

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