第5章
兄弟姉妹
もし子どもの頃の僕に、「兄弟姉妹は何人いるの?」と聞いたら、きっとどう答えていいのか分からなかったと思います。
いちばん簡単な答えなら、二人。
ロバートとデイビッド。
いつもそばにいたのは、その二人でした。
ロバートは僕より三か月ほど年上で、ほとんど同い年のようなものでした。デイビッドは僕より二つ年下でした。
家系図の上では、ロバートは義理の兄弟で、デイビッドは実の弟になります。
でも、子どもの頃の僕はそんなことを考えた記憶がありません。
僕たちは、ただの兄弟でした。
僕たち三人
山の中で育った僕たちには、隣の家に住む同い年の子もいなければ、道の先で待っている友達もいませんでした。
ほとんどの日、僕たちの世界は、小さなキャビンと山と、僕たち三人だけでした。
だから、遊びは自分たちで作りました。
普通のおもちゃもありました。トンカのトラックもあったし、デイビッドはいつもマッチボックスの小さな車やトラックをたくさん持っていました。
でも、裏庭が山そのものなら、立派なレースコースなんて必要ありません。
僕たちは地面に座り込んで、土を削って細い道を作り、穴を掘ってトンネルを作りました。
車を片側から潜らせて、反対側から出てくるように工夫する。
ただの土の一角が、それだけで何時間でも遊べる場所になりました。
それから、木の枝。
三人の少年にとって、木の枝がただの木の枝で終わることなんて、ほとんどありませんでした。
ある瞬間には剣になり、次の瞬間には銃になる。
土と石と木と想像力さえあれば、どうやら僕たちには十分だったようです。
僕は特に木登りが大好きでした。
一本の木にはロープが結ばれ、その先に古いタイヤがぶら下がっていて、それが僕たちのタイヤブランコになっていました。
別の木は、いつの間にかお気に入りの場所になっていました。
幹を登りやすくするために小さな足場を作り、少し高いところには小さな台まで作りました。
「ツリーハウス」と呼ぶには、少し僕たちの大工の腕を高く評価しすぎかもしれません。
でも、僕たちの場所でした。
振り返ると、あの頃のことでいちばん覚えているのは、何が足りないかをほとんど考えていなかったことです。
周りにあるものを、その日の遊びに変えていただけでした。
土の一角が道になる。
木が秘密基地になる。
一本の枝が、その日に必要な何かになる。
もちろん、三人兄弟がいつも仲良く平和に過ごしていたわけではありません。
ロバートはよくデイビッドをからかっていて、なぜか僕がその間に入ることが多くありました。
母から、「デイビッドはあなたの弟なんだから、ロバートと何かあったときは守ってあげなさい」と言われたことを覚えています。
だから、そうしました。
その頃の僕は、自分を仲裁役だとか、誰かを守る人間だとか、そんなふうには考えていませんでした。
デイビッドは僕の弟で、母が「面倒を見なさい」と言った。
それだけで十分でした。
今になって思えば、後の自分につながる何かが、あの小さな出来事の中ですでに作られ始めていたのかもしれません。
当時の僕には、もちろん分かるはずもありませんでした。
ただ、兄弟げんかを何とか終わらせて、また外に遊びに行きたかっただけです。
そして、子どもの頃の僕たちを思い出すとき、僕はそんなふうに覚えていたいと思います。
目の前に大きな山を持った、三人の少年。
やがて人生はもっと複雑になり、家族もそれぞれ違う方向へ進んでいくことになります。
その話は、また別の章で。
この章は、その前の時間のために残しておきたいと思います。
山の向こうにいた家族
ロバートとデイビッドは、毎日そばにいた兄弟でした。
でも、僕の家族はあの小さなキャビンだけで終わっていたわけではありません。
ロバートにはタイジアという姉妹がいて、ときどき僕たちのところへ遊びに来ました。
一緒に暮らしていたわけではないので、彼女は僕たちの子ども時代の世界に、時々顔を見せてくれる存在でした。
そして、父方の家族もいました。
時々、デイビッドと僕は山を離れて、エルパソへ会いに行きました。
父はマイラと一緒に暮らしていました。
マイラにはもともとパンチョという息子がいて、その後、父との間にケキン、マリア、セイディが生まれ、さらにブライアン、そして双子のエリックとローザが生まれました。
僕がよく覚えている頃は、パンチョ、ケキン、マリア、セイディと過ごすことが多かったです。
エルパソは、山での暮らしとはまるで別世界でした。
みんなはトレーラーパークに住んでいましたが、家の中はとてもきれいで、マイラがその家を大切にしていたことをよく覚えています。
何もかもきちんと整えられていて、特に休日になると家の中を飾りつけ、温かい雰囲気にしてくれていました。
みんなが集まると、家の中はいつもにぎやかでした。
それが、たぶん山での暮らしとのいちばん大きな違いだったと思います。
山では、デイビッドと僕が外に出ても、ほとんど誰にも会わないこともありました。
エルパソでは、外に出れば子どもたちがたくさんいました。
近所の子どもたち。
サッカー。
公園でのフットボール。
歩いて行けるお店。
そして、いつの間にか僕たちは、当時の自分たちには人類最大の発明にも思えたものを発見しました。
ホットチートスの袋に、ナチョチーズをそのまま流し込む。
メキシコ料理には、もっと誇るべきものがたくさんあると思います。
でも子どもの僕は、別にそれを探してはいませんでした。
僕たちの居場所
エルパソへ行くと、デイビッドと僕は少し目立っていたと思います。
見た目はかなり白人っぽく、スペイン語もほとんど話せませんでした。
パンチョ、ケキン、マリア、セイディにとって、その地域や文化はごく自然なものでした。
僕たちにとっては、そうではありませんでした。
でも、彼らはそれを問題にしたことがありません。
いつも僕たちを一緒に連れて行ってくれました。
みんながサッカーやフットボールをしていれば、僕たちも混ざる。
公園へ行くなら、一緒に行く。
お店まで歩くなら、僕たちもついて行く。
本来なら少し居心地の悪さを感じてもおかしくなかった場所が、彼らのおかげですぐに楽しい場所になりました。
子どもの頃の僕は、そんなことを深く考えてはいませんでした。
ただ、そこにいるのが好きだった。
それだけです。
でも今なら、少し違って見えます。
彼らは、僕たちが自然にそこにいられるようにしてくれていたんです。
マイラのキッチン
エルパソの思い出の中には、マイラと彼女のキッチンに結びついているものがたくさんあります。
いつも僕たちの面倒を見てくれて、料理も本当に上手でした。
いつもおいしいものがあったのに、不思議なことに、今でもいちばんよく覚えているのは、特別な料理ではありません。
トルティーヤです。
コンロで直接温めて、バターをたっぷり塗り、くるくる巻いて食べる。
それだけ。
温かいトルティーヤ。
バター。
巻いて食べる。
なのに、なぜかものすごくおいしかった。
子どもの頃の記憶というのは、不思議です。
一日分の出来事を丸ごと忘れてしまっても、コンロの上で温まるトルティーヤの匂いは覚えている。
マッチボックスの車を押していたとき、手についた土の感触。
登った木。
公園でのサッカー。
クリスマスの飾りつけをした家。
ナチョチーズまみれのホットチートス。
あの頃は、どれも大したことには思えませんでした。
でも今では、いちばん鮮明に残っている思い出のいくつかです。
たぶん、小さな思い出ほど、その中にいた人たちまで一緒に連れてきてくれるからなのかもしれません。
家系図だけでは説明できない家族
兄弟姉妹全員が、同じように僕の人生にいたわけではありません。
ロバートとデイビッドは毎日そばにいました。
タイジアとは、ときどき会いました。
パンチョ、ケキン、マリア、セイディは、エルパソでの子ども時代の思い出の中にいます。
ブライアンが僕の人生に入ってきたのは、大人になってからでした。
エリックとローザも、その後です。
一緒に過ごす時間が何年もあった関係もあれば、ほんのわずかな時間しかなかった関係もあります。
それが、僕たち家族の現実です。
歳を重ねるほど、僕にとって肩書きや呼び方はあまり重要ではなくなりました。
実の兄弟。
異母兄弟。
異母姉妹。
義理の兄弟。
義理の姉妹。
そうした言葉は、家系図を説明するには便利です。
でも、思い出までは説明してくれません。
誰が土の上で隣に座っていたのか。
誰を守るように言われたのか。
誰が公園のサッカーやフットボールに僕を入れてくれたのか。
誰が、自分の家とは違う場所でも温かく迎えてくれたのか。
そういうことは、物語の中でしか分かりません。
そして僕の人生には、「兄弟姉妹がいる」ということの形が、一つだけではありませんでした。
静かな山の中で、三人の少年が自分たちだけの世界を作っていた日々。
そしてエルパソでは、子どもたち、家族、にぎやかな声、食べ物、そして全く違う形の居場所がありました。
子どもの頃の僕は、そんなことを理解していたわけではありません。
ただ、その中で生きていただけです。
でも今なら分かります。
家族は、必ずしも一緒に育つわけではありません。
違う家。
違う親。
違う町。
違う時期。
それでも、人生のどこかでお互いのために場所を作ることはできます。
僕には、そういう場所が一つではありませんでした。
それは、とても幸運なことだったと思います。
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兄弟姉妹へ贈る感謝の手紙
ロバート、デイビッド、タイジア、パンチョ、ケキン、マリア、セイディ、ブライアン、エリック、ローザへ。
みんなのことを書きながら、改めて気づいたことがあります。
みんな、それぞれ全く違う形で僕の人生に入ってきたんだということです。
ロバート、デイビッド。
君たちは、ほとんど誰よりも早く僕のことを知っていました。
制服を着る前。
結婚する前。
子どもができる前。
責任という言葉の重さを知るずっと前。
僕たちは、少し想像力がありすぎて、少し分別が足りない三人の少年として、山の中を走り回っていました。
あの頃の記憶は、「どこかに属している」ということを僕が初めて知った頃の思い出でもあります。
タイジア。
毎日一緒にいたわけではないけれど、君もあの子ども時代の一部であり、あの頃の家族の一人でした。
パンチョ、ケキン、マリア、セイディ。
僕の中にあるエルパソの思い出が温かいのは、みんながそこにいたからです。
デイビッドと僕はスペイン語もほとんど話せず、少し場違いに見えていたかもしれません。
それでも、みんなは僕たちにそう感じさせませんでした。
いつも一緒に連れて行ってくれました。
その何気ない優しさが、今の僕には、当時よりもずっと大きな意味を持っています。
ブライアン、エリック、ローザ。
僕たちは同じ時間を一緒に過ごすことができませんでした。
できることなら、もっと早く知り合い、もっと多くの時間を共有したかったと思います。
でも、家族というものは、子ども時代をどれだけ一緒に過ごしたかだけで決まるものではありません。
自分がどこから来たのか。
誰とつながっているのか。
そして、これから先にまだどれだけの時間が残されているのか。
それを知ることにも、意味があると思っています。
僕たちの家族は、決して単純ではありませんでした。
それぞれの関係も、同じ道をたどってきたわけではありません。
でも感謝するために、完璧な物語は必要ありません。
良かったことを覚えていること。
その人が自分の人生に何を残してくれたのかを認めること。
それだけで十分です。
振り返ると、山の中を走り回っていた三人の少年を思い出します。
エルパソを思い出します。
サッカー。
木々。
土で作った道。
にぎやかな部屋。
おいしい食事。
そして、たくさんの笑い声。
何よりも覚えているのは、当時の僕が思っていた以上に、いろいろな場所で誰かの兄弟でいられたという感覚です。
一緒に作れた思い出を、ありがとう。
僕の居場所を作ってくれたことを、ありがとう。
そして、まだ作ることができなかった思い出については――
これから先にも、まだたくさんの道が残っていることを願っています。
愛を込めて。
兄弟より
エステバン